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進化し続ける日本の宿、その歴史を覗いてみよう

日本には、温泉旅館やシティホテル、ビジネスホテルなど、旅の目的に合わせて様々な宿泊施設があります。これらの施設がどのように発展してきたのか、その歴史を紐解く上で欠かせないのが「日本ホテル協会」です。今では、旅の拠点として欠かせない旅館やホテルですが、その歴史は意外にも浅く、明治時代に始まったばかりです。明治時代に入ると、海外から多くの旅行者が訪れるようになり、西洋式のホテルが求められるようになりました。そこで、1872年(明治5年)に日本で初めての西洋式ホテルである「グランドホテル」が横浜に開業しました。これを皮切りに、神戸や長崎など、外国人の多く訪れる港町を中心に西洋式ホテルが建設されていきました。その後、1912年(明治45年)に、これらの西洋式ホテルが中心となり、ホテルの健全な発展とサービスの向上を目指して「日本ホテル協会」が設立されました。当時の会員数はわずか15軒でしたが、その後、旅館組合なども加わり、会員数を増やしていきました。現在、「日本ホテル協会」は、ホテルや旅館などの宿泊施設の経営の指導、従業員の教育、宿泊約款の制定など、日本の宿泊業界全体の発展に大きく貢献しています。また、旅行者に対しては、宿泊施設の情報提供や旅行相談などを行っています。このように、「日本ホテル協会」は、日本の宿泊施設の歴史と共に歩み、その発展を支えてきた重要な組織と言えるでしょう。
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旅の豆知識: ホテルの国観連って?

旅行好きな方なら、「ホテルの国観連」という言葉を耳にしたことがあるかもしれませんね。正式名称は「一般社団法人国際観光旅館連盟」と言い、かつては日本のホテル業界を代表する団体のひとつでした。ホテルの国観連は、その名の通り、国際的な観光客の誘致と、日本の旅館やホテルを含む宿泊施設全体の質の向上を目指して設立されました。具体的には、海外への日本の観光案内や、外国人旅行者向けの宿泊施設の格付けなどを行い、日本の観光業界に大きく貢献してきました。また、国内においては、ホテルや旅館の従業員向けの研修やセミナーなどを開催し、接客サービスの向上や経営ノウハウの提供にも力を入れていました。さらに、業界全体の意見をまとめ、政府に政策提言を行うなど、日本の宿泊業界の発展を牽引する役割も担っていました。しかし、時代の流れとともに、その役割は変化し、2019年4月1日に日本旅館協会と合併し、「一般社団法人日本旅館ホテル協会」となりました。現在、「ホテルの国観連」という名称は過去のものとなりましたが、その功績は大きく、日本の観光業界発展の礎を築いた団体として、その名は語り継がれています。